logo

My Story

Random image

「デジタルハリウッドで変わった私の人生」

2024.02.29

2019年にデジタルハリウッドで学んでから、私の人生は想像もしていなかった方向に大きく変わりました。 デジタルハリウッドで得たものは、自分の手で作る未来でした。

スキル迷子だった過去の自分。

私は、小さい頃からヨーロッパが好きで、地図をみては海外の風景に思いを馳せるような幼少期を送っていました。 夢が叶って新卒でヨーロッパの航空会社に就職が決まり、渡欧しました。

大好きな仕事につきながら世界を飛び回る日々。 しかし、同世代の友人がキャリアを積み重ねていく姿を見ていると、自分の置かれている環境はそれとは違っていたため、焦りがないわけではありませんでした。

夢の仕事に就きながらも、いつかはこの仕事を辞めなければいけない日が来るだろうと、いつか来るその日のために、自分の第二のやりたいことを模索する日々でした。

でも、なかなかCAの仕事に代わるような好きな仕事は見つけられませんでした。

そんな私がデジタルハリウッドと出会って今まで、どんな風に人生が変わっていったかをお話しします。

myhitory

My History

notebook

デジタルハリウッドとの出会い

2019年2月、第二子の育休に突入した私は、限りある育児休暇(休暇と言っても休めるわけではないのですが)の間に何かスキルを身につけたいと思っていました。

第一子の育休中は、ベビーマッサージ&ベビーヨガを受講しましたが、卒業しても集客してまでやる熱意がなく、そのまま本業に復職…つけたスキルはただの趣味になってしまいました。
そんな過去の経験もあって、今回はもうちょっと何か仕事につながるような学びをしたい、と思っていました。

自分では最適な学びが見つけられないでいた中、夫が見つけてきたのが、「デジタルハリウッドSTUDIO Webデザイナー専攻 主婦ママクラス」の記事でした。
”Webデザイナー”と言う職業があることを知ったのはこの時でした。

当時の私は、デジタルの世界なんて到底ご縁がない生活だったので、最初こそ無理でしょと思ったのですが、記事を読んでみると「私にもできるのかも?」と思えてきました。
そうして私は、少しの興味だけをひっさげて、説明会に参加するために子連れでは絶対に行かない新宿という大都会へ向かったのです。

たくさんの人がいる中で説明会やるのかな、断れない状況になったらどう断ろうかな、とドキドキして向かったら、和やかな雰囲気のスタジオで現役受講生さんが作業している中、MTG席での1対1での説明でした。 子どもを抱っこ紐に抱えて参加したのですが、「場違いだったらどうしよう」という不安は一瞬にして吹き飛び、自分のペースでお話を聞くことができました。 よく見ると、スタジオの片隅にはキッズスペースが!

デジタルハリウッドスタジオ新宿キッズスペース

実際に自分の目で見てみると、子連れでも安心してえ通える環境で、ここで学習しているイメージが湧いてきて、不安よりも「なんだか面白そうだしやってみたいな」という気持ちが大きくなりました。

受講料は決して安くはないので、実を言うとものすごく悩みましたが、それでもやらなかった方が後悔すると直感で思い、覚悟を決めて受講する決意をしました。

今でも、振り込む時に手が震えたのを覚えています。

これを機に Mac Book Proを購入したので、初期投資が莫大になったのですが、それによって自分を追い詰めて、もう戻れないぞと決心をしました。

デジタルハリウッドSTUDIO新宿に入学

デジタルハリウッドスタジオ新宿

申し込んだあとは、カリキュラムが始まる前の早期学習期間があり、4月に入学しました。
入学を決めた段階で、そもそも何を勉強するのかざっくりとしかわかっていなかっただけに、早期学習期間を有効に使えないまま入学の日を迎えることになってしまいました。 これは今思うととてももったいなかったな…
でも、これから8ヶ月間新しい学びに出会えるかと思うと、ワクワクしていました!

ところが...

突然の父との別れ

父について

オリエンテーションの前日、父が急逝してしまいました。
葬儀のためにゴールデンウィークまで戻れず、もちろんPCになんて向かえず、心身ともに新しいことを始める気分にはなれませんでした。
完全に心が折れてしまった私は、こんな状態ではついていけないし続けられないからやめよう、と思い、やめる決意をしてスタジオへ向かいました。

その日、同時期に入学した渋谷のクラスの講評会がおこなわれていました。
スタッフを待つ間、最後だからと思いみんなの講評会を観覧していると…

あれ、なんだか思っていたのと違う。

発表に緊張している人、先生から厳しいコメントをもらう人、思ったようにできなくて落ち込んでいる人、…そう、完璧にできる人なんてほとんどいなくて、みんな試行錯誤で今の自分でできるところまでで挑んでいることを感じたのです。

その時「私はなんて甘えた考えを持っていたんだろう」と、殴られたような衝撃を受けました。
私の考えは、つらいことからの逃げでしかないのかもしれない。
父が亡くなったことを理由に新しいことを始めることから逃げるなんて、父が聞いたら絶対に怒るだろうな、と思ったのです。

環水平アーク

父はいつも明るく太陽のような人で、葬儀の時も父らしい満開の桜と吸い込まれそうな青空でした。 なかなか見ることができない環水平アークまで見られて、まるで父の最期を華々しく見送っているかのようで、美しい景色が虚しかったのを覚えています。

葬儀の後、実家でバタバタと手続きやら後片付けをしていた時のこと、実家に父宛の1通の小包が届きました。
開けてみるとそれは、生前父が購入していた、新しい資格試験のテキストで、家族全員が驚きました。

父は一級建築士で、会社を経営してずっと地元の住宅の設計や建築・リフォームを行っていました。 幼い頃から私は、そんな父の背中を見て育ってきました。
何歳になっても関係なく、また新たな学びを始めようとしていた父の意思を知って、その時はただ驚いただけでしたが、いま同期の受講生さんたちの発表を目の前に、今辞めてしまうのはなんか違うなと思い直しました。

スタジオに入る前は辞める意思を伝える気満々だったのに、スタッフの方を待ってお話しするまでの数十分の間で、その思いは180度変わりました。

生きている私が、父の代わりに学び続けなければいけない。 生きてさえいればいつだって、学び始めるのに遅すぎることなんてないんだ、ということを父の生き方から教えてもらったような気がして、デジタルハリウッドSTUDIOのスタッフの方に話を聞いてもらった上で、私はここで、どんなにできないことがあっても恥じらいを捨てて学び続ける決心をしました。

がむしゃらに学び続けた受講生期間

スタジオの様子

出だしが遅れてしまっただけに、睡眠時間を削って学びに集中しました。 父のことを思い出して涙が止まらないこともあったので、学びに集中していると他のことは何も考えなくて良かったのが救われました。 受講生であることで自分のメンタルを保てていたように思います。 実家から離れて暮らして長いため会うことも年に何回かしかなく、離れてしまえばいつもの日常だったので、時々、父が亡くなったのは夢だったのではないかと思うこともありました。 現実を見たくない思いが、もっとWebデザインの勉強に向き合わせてくれたように思います。

また、頑張れたのは一緒に学ぶクラスメイトの存在がとても大きかったです。 一人だと、何か見えないものに押しつぶされそうになって、できない自分をせめてばかり。 できないことが当たり前で恥じることではないということを教えてくれたのは、クラスメイトでした。 私にとっては、その殻を破るのがなかなかできなくて苦労しました。

受講生と学ぶ様子

そんな中、クライアントワークのコンペでクライアントさんに選んでいただくという好機に恵まれました。
Weデザインで特に得意な分野はなかった私ですが、ずっと接客業だったこともあり、お客様の気持ちを汲み取ることだけは得意です。 それがWebの世界で活きることなんてないと思っていたのですが、どうやらヒアリングにそれが活きて、お客様に憑依した感覚でサイトを作り上げた結果、選んでいただけた…という流れで、私にとっても思いがけない出来事でした。

この出来事がなければ、正直、その後にWebで仕事をしてみようという気持ちにはなれなかったかもしれません。 恩師に恵まれて、Web制作の一連の流れを体験できたおかげで、この時本当の意味でWeb制作の楽しさを感じたと思います。

卒業制作は、父が遺した会社のサイトリニューアルと決めていました。
それさえできれば、ここで学んで悔いはないと思うほどでした。
Wordpressの講座も追加受講し、卒業制作発表会の段階でWordpressを組み込みましたが、常にギリギリの状態で挑戦ばかりが続いていたので、卒業後は燃え尽きました。

12月に卒業でしたが、WordpressとPHP講座の追加受講で3ヶ月ほど延長し、翌年の4月に受講期間が終了しました。
卒業後、先生方やその横の繋がりからお仕事をいただく機会にも恵まれ、入学前の自分からは信じられないほどにスキルアップしました。
実質1年間スタジオでお世話になりました。

卒業の写真

コロナで人生が思いもよらない方向に…

ここまで一生懸命やってきたWebデザインの勉強ですが、私は4月に育休が明けて子どもを保育園に預けたら復職の方向性でしたので、一旦ここでWebの仕事はストップするつもりでした。

ですが、みなさんも記憶にあるように、2020年3月頃から世界中が思いもよらない方向に動き始めます。 私の本業である航空業会も大打撃を受け、海外旅行者が激減し、さらには渡航制限がかけられてしまい、仕事がなくなってしまいました。
私は、復職予定だった4月に復職ができなくなり、復職が延期になってしまいました。

もしかするとこのまま空には戻れないかもしれない。

そんな不安を感じつつも、「だったらこれをチャンスと捉えて、このスキルでどこまでできるかやってみたい!」という思いに変わりました。

そして私は、開業届を出して、aurinko-webを屋号に2020年4月に始動しました。

aurinko-web

この名刺は、私が人生で初めて作ったクリエイティブです。 まさかこれを使う日が来るなんて思ってもいませんでした。

「開業」なんて夢のまた夢に感じていましたが、やろうと思えばなんのことはなくすぐに開業できました。 開業という響きがまぶしすぎてフィルターがかかって見えていただけだったみたいです。

aurinkoは、フィンランド後で「太陽」という意味があります。
その響きの可愛さに、いつか名前をつけることがあればどこかでaurinkoを使いたいなという思いがあったのですが、

太陽のように行く先を照らすような存在でありたい
太陽のように道標となりたい

そんな思いを込めて命名しています。

開業して最初にしたことは、コロナが流行して困っている人を助けたいという思いで、学んだことを活かして飲食店を応援するサイトを作ることでした。
コロナが流行して、感染の原因を作ってしまう飲食店に人が入れなくなり、このままでは大好きなお店もつぶれてしまうと思ったことがきっかけで、テイクアウトを応援するサイトを作れば世の中の役に立てるのではないかと思ったのです。

自分で世の中の課題を見つけて自主的に動いたので、とても「仕事」とは言えない程度のものでしたが、この小さな行動がきっかけで、私自身も「コロナで人生が変わった人」として経済誌に取り上げていただくという経験をしました。 その後は、自然と横のつながりでWeb制作のお仕事が入ってくるようになりました。

この時期、何も経験がない私にでもサイト制作を依頼したいと思ってくれた人たちがたくさんいて、多いときには一度に7件の制作に当たっていた時期もありました。
コロナで外出できないことも相まって本当にWeb一色の数ヶ月間でした。
楽しかったのですが、じわじわと私のメンタルの方が限界を迎えていました。

デジタルハリウッドSTUDIOでトレーナーを開始

デジチバの様子

元々接客業で人と接する仕事が好きな私は、Web制作だけをする仕事のあり方に、今思うと徐々に心身のバランスを崩しかけていたような気がします。
限界を感じつつあった頃、デジタルハリウッドSTUDIOのスタッフの方から「千葉校でトレーナーをしてみないか?」というお声をかけていただきました。

私のようにWeb業界で経験もない者が「トレーナー」なんてできるわけがない。
そう思ったのですが、、、家で一人でもくもく作業をすることにつらさを感じていたので、人に会いたいという一心でスタジオに話を聞きに行ってみました。
久しぶりに訪れたデジタルハリウッドSTUDIOは、私が受講生だった頃と変わらぬ暖かい雰囲気で、ここに居させてほしいという気持ちがトレーナー業を引き受ける不安に勝ってしまって、引き受けることに。
その責任と重圧はきっと、今の自分にとって必要なものだと感じたので、その直感に従うことにしました。 でも、正直なところ、勤務当初は毎回とっても緊張しました。

私に教えられることは、ベテランのトレーナーさんからしたらまだまだそれほど多くはないです。
でも、わからないことからのスタートだったからこそ、教えられることはある!と自分を鼓舞しました。
何もできなくても、受講生さんに寄り添うことでは一番になろうという思いで、私の後輩になる卒業生さんを何人も送り出しました。

CAに復職、そして日常が戻り始める

空の写真

そんなこんなで1年ほどが過ぎようとしている頃、CAに復職できることが決まりました。
ここまでずっとWeb一色の毎日で、どこに本業を入れる余裕があるのか?と思いましたが、嬉しかったのも事実。

2021年の東京オリンピックでブルーインパルスが東京上空を飛行した時、これだけ人に元気や勇気・感動を与えることができる飛行に感動し、また空を飛ぶことって夢があるなぁと感じました。
その夢のある空の仕事に戻ることができるなんて、私にとっては生きがいのようなもので、できる限りは続けていきたいという思いで復職を決意しました。

子どもたちにも、自分が楽しく働く姿を見せることで「大人ってなんかいいな」「仕事って楽しそうだな」と思ってもらいたいから、わたしは子どもを理由にして自分から「好き」を手放したりはしない。

そう決意し、私は"パラレルワーカー"として活動していくことに決めました!

夫の海外単身赴任、夢を応援する決意

見送り

パラレルワーカーとして始動して間もなく、青天の霹靂が。 夫が海外に単身赴任に行くことが決まってしまいました。

一人で子育てと仕事を両立することを考えただけでも不安で押しつぶされそうでしたが、これまで私のキャリアを応援してきてくれた夫に、次は私が応援してあげる番だと思い、笑顔で「行ってらっしゃい」と言おうと決意しました。

家族はチームなのだから、誰かの犠牲の上では成り立たず、お互いにやりたいことを応援しようというのが我が家のスタイルです。

夫がいない状態で、私の仕事がどうなるのかは想像もできませんでしたが、それでもできるところまで頑張ろうと決意しました。 一方で、忘れてはいけないこととして、私の大事なもの、守るべきものの優先順位一番は家族であり子どもなのだから、子どもたちが苦しい思いをすることがあれば、その時は何かを手放そうと思いました。

ロンドンの風景

そんな窮地に立たされても味方をしてくれたのは、デジタルハリウッドスタジオで身につけたWebのスキルでした。 このスキルがあれば、場所も時間も関係なく仕事ができるのです。

結果的に私は、子どもたちを連れて単身赴任先に滞在しながら仕事までするという、数年前には考えられなかった働き方ができるようになっていました。

家族や子どもたちの協力もあり、私は仕事をやめることなく1年間を過ごすことができました。

パラレルワーク新たなステージへ

デスク

2023年の2月に夫が帰国し、新たな生活が始まりました。

私は、セーブしていたWebの仕事の受注数を増やし、またフライトの時には子どもたちを安心して夫に預けていくことができるようになりました。

この頃から、全国版主婦ママクラス一期生の担任を務めるようになり、私のようにWebの力で現状を変えたい女性たちの応援をすることが自分の使命と感じるようになっていきました。

思えば、WebもCAも共通点があります。
Webは、事業のサポートを。 CAは、夢を叶えにいく人、旅先で何か目的を達成させる人のサポートをする仕事です。 どちらも、人を応援していく仕事であるということに気が付いて、自分が仕事を仕事と感じないくらいにやり甲斐を感じることとは「誰かのために、誰かの役に立つ」ということなんだと分かり、腑に落ちました。

これからも私は、Webの力で誰かを応援していきたいと思っています。

想いをかたちに、aurinko合同会社設立

aurinko_inc

海を越えて海外からも問い合わせをいただくようになり、これからも私はデジタルと人間の、海外と日本の架け橋となって、人々をサポートする仕事をしていきたいというビジョンを形にするために、2023年10月、aurinko合同会社を設立しました。

合同会社という名前は耳慣れないかもしれませんが、余計なものを削ぎ落とした私にとってベストな法人格です。
Google、Amazon Japan、Appleなども合同会社です。

法人になることで、個人ではできなかった仕事も請け負えるようになり、社会に対して責任を持ちたいという思いを形で示すことができるようになったように感じています。

自分が起業するなんて、デジハリに入学する前は考えたこともありませんでした。 デジタルハリウッドスタジオでたくさんの人に出会い、刺激を受けたことで、自分のキャリアという枠をとび超えたビジョンができ、それが「起業」という形になりました。

デジタルハリウッドスタジオで学ばなかったら、私にはこんな未来はやってこなかったと断言できます。

デジタルハリウッドで得たものは、自分の手で作る未来

みんなを生きるな、自分を生きよう。

受講生時代に支えられたデジタルハリウッドのキャッチコピー。

「結婚しているから」「主婦だから」「母だから」「もう年だから」やりたい仕事も、好きなこともいつかはやめなければ、諦めなければならない。 そんなの、誰が決めたのだろう?
実は他ならぬ、私自身が自分の未来を縛って「こうあるべき」と決めつけているのだということに気がついたのは、デジハリで学んだからでした。

いつの間にか私の中にできてしまった「理想」の生き方は、私がやりたいことのどれかを諦めなければ達成できないものでした。
でも、そんな生き方を自分の子どもにもさせたいかと自分に問うたときに、自然と答えは出てきました。

わたしは自分の子どもにも、やりたいことができる人生を送って欲しいと思っています。 そのために、誰よりも自分自身がやりたいことをやる人生を送ってみせたい。 もちろん、家族の意見も聞きながら。

私は、デジハリに出会う前は、それをかなえる手段がありませんでした。 でも、今はWebデザインというスキルを使って、選べる選択肢がぐんと広がって、叶えられなかった未来も叶えられるようになりました。

そして今、同じように感じる人がいたら、そんな人たちの支えとなり寄り添う存在でありたいと思っています。
自分の未来は自分で創り上げるもの。 自分の人生の舵取りを誰かに任せるのではなく、自分で舵を切って進めるような人たちをこの日本社会に増やしたいと思っています。

aurinko

Profile

Random image

Yumi Mitsuhashi

#欧州系航空会社CA #Webデザイナー #二児の母 #愛犬家 #デジチバ #デジハリトレーナー #全国版主婦ママクラス担任 #パラレルワーカー #複業 #そらとぶWebデザイナー #飛行機が好き #空が好き #aurinko合同会社代表 #岩手 #東北

Blog

SEE MORE

Support

Contact

お仕事のご依頼はこちらからご連絡ください。

get in touch